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今日のエッセイ 世界一特殊なワイン文化 2021年7月9日

もう少しだけブルゴーニュワインのその後のお話です。前回はフランスとイギリスが百年戦争をしている頃、フィリップ善良公がワインの生産に力を入れたということを書いたんだけど。この背景には政治的な資金源としての側面もあったね。

質問があったので、軽く歴史に触れておくかな。本筋とはあんまり関係ないけど。百年戦争というのは、イギリスとフランスという「国対国」の戦いじゃない。どちらの王様もフランス国王の権利があって、どっちがフランス国王になるかっていう覇権争いだった。イギリス国王のプランタジネット家がフランス国内に領地を持っていて「おれも王家の資格がある」と言い張った。ヴァロア家のフランス国王としては、「そんなわけあるか。フランス国内から出ていけ」みたいな感じ。めんどくさいことに、フランス国土内でのプランタジネット家はフランス国王の支配下にある。ホントヨーロッパの中世ってややこしい。

後継者争いとか、覇権争いが起こると、近くの有力な人たちも巻き込まれる。オルレアン公が「おれはプランタジネット家派だ」といってフランスの味方になれば、「あいつがフランス側につくならヴァロア家につく。あいつ嫌い」とブルゴーニュ公が反対につく。「ヴァロア家につけば、うちのワインを買ってくれるしね」そんな思惑もあったかもしれないけど。
歴史の話はこのくらいにしておこう。これやりだすとキリがない。

時は流れてフランス革命。百年戦争から300年くらい後の話だよ。ちなみに、この頃にはブルゴーニュ公国は無くなっていて、フランスの中に組み込まれている。
フランス革命と言うと「人権宣言」が有名だ。平たく言うと「人間は生まれながらに平等で、いろんな権利があって、それを阻害することはダメなことだ。」ということになるかな。ざっくりしすぎて語弊があるけど。平等の概念が人間社会に導入されたことで、ワイン業界にも今までとは違った波がやってくるね。それまでは特権階級や富裕層が支配していた時代だったから、ワイン醸造もブドウ畑も同じ構造をしていた。それが、いきなり開放されることになったのがこの時代。所有者がドンドン細分化されていって、畑が小さく細かくなっていく。
ナポレオンが登場して皇帝になると、「兄弟は平等に畑を分割せよ」という法律(ナポレオン民法)まで施行されるからもっと細かくなっていった。修道院が示した「味の違いによる畑の区分」でいえば、同じ味の畑なのにオーナーが何人もいるということになるね。結果として、味の表現がとんでもなく細かくなっていった。ほんの僅かな味の違いを「テロワール理念」と呼んでいる。テロワールはフランス語で土地という意味なんだけど「自然環境による微差を愛でる文化」みたいな文脈で使われている。これこそがブルゴーニュワインを特徴づけている最たるものだ。

普通はこんなことしないよ。300mしか離れていない畑と、こっちは味が違うとか。しかも、土壌改良しちゃいけないんだよ。肥料とか育て方で農作物の味が変わるのはアタリマエのこと。だから、地域差や畑ごとというよりは「生産者ごと」に味が違うということは、ぼくらもよく出会う。そう、野菜の生産ってそうだよね。だから「○○さんが作った野菜」っていうブランドや販売方法が成り立つ。だけど、ブルゴーニュは法律の制限があって、生育環境に手を加えちゃいけないことになっている。水不足の年だって水をまかない。そうなると、どこで差が生まれる?ものすごーく細かい差しかないよね。それがブルゴーニュワインを代表とするテロワール理念。

今日も読んでくれてありがとうございます。ホント特殊な世界観だよね。ブルゴーニュ関連で特殊なものをもう一つ。ボジョレーだ。ボジョレー地域のワインは熟成するよりも比較的若いものを楽しむ文化ではあるんだけどね。「ボジョレーヌーボー解禁!」とか言って大騒ぎするのは、世界中を見渡しても「日本だけ」の特殊な風習なんだよ。風習と言うか輸入販売業界のマーケティング戦略そのもの。文化でもなんでもない。

Posted in エッセイみたいなもの

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