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今日のエッセイ ワインの下剋上前夜 2021年7月11日

ワインの世界では「旧世界」と「新世界」という表現があります。某有名マンガじゃないよ。ワインの世界の話ね。旧世界というのはフランスやイタリア、スペインがワインの中心で進んできた時代のことを指している。それに対して新世界というのはアメリカやオーストラリアとかチリなんかの、いわゆる新興勢力だ。この考え方自体がとても「ヨーロッパ的」だと感じるのはぼくだけかな。他の地域のワインだってずっとあったし
、なんならフランスワインが新興勢力だったわけだ。そういう意味でもジョージアから北に進んだワインを知ることは興味深いよね。

さて、アメリカワインといえば、カリフォルニアワインが有名だよね。大航海時代から世界に広まっていったワイン文化。それが徐々に力をつけていって今のワイン世界の地図になっているんだけど、そのきっかけになった事件がある。

1976年5月24日、新世界と旧世界の勢力図にひとつの衝撃が走る。それはギリシア神話になぞらえて『パリスの審判 (Judgment of Paris)』と呼ばれている。
当時パリにワインショップを開いていたイギリス人「スティーヴン・スパリュア」は、パリ界隈ではちょっとした知名度を持っていた。ワインショップの隣で「英語で伝えるワイン講座」をやっていたからね。というのも、このショップの周りには英語を話す人達がたくさん働いていて、その人達をターゲットの商売をしていたからだ。それが広告効果を生んで、ショップの売上にもなっていたんだね。そのうち人気が出てフランス語でのワイン講座もやり始める。そして「アカデミー・デュ・ヴァン」という名前の学校になっていった。この学校に加わったのがアメリカ人のパトリシア・ギャラガーという女性。パトリシアはワインの素人だったんだけど、ワインへの情熱がスゴくてすぐにマスターレベルになる。しかも活動的だった彼女はいろんなアイデアをスパリュアに提案する。普段からその話を聞いていたスパリュアはパトリシアと一緒にワインイベントを開催するようになるんだけど、アカデミーのプロモーションのためにというのが半分、あとは単純に楽しいからっていう理由。というのは本人たちがそう残している。5大ボルドー試飲会とか、楽しそうじゃない?ホントにワインが好きな人達だ。

そうこうしているうちに、1976年にアメリカが独立200周年を迎えることがわかって、今までのイベントのノリで「アメリカとフランスのワイン試飲会」をやってみようと企画した。イベントとして単純に面白そうだし、ちょっとアメリカへの祝福っぽいからさ。で、ふたりが想像していたのは「4位くらいにカリフォルニアワインが入賞して、意外とやるじゃんカリフォルニア」くらいの感じだったのね。
当時のパリにはまともなカリフォルニアワインを売ってるとこなんかないし、格下に見られていたわけ。つまり誰も見向きもしない存在だった。だけど、パトリシアがアメリカ人ということもあったし、アカデミーの生徒にもアメリカ人がいたから、スパリュアはカリフォルニアも「そこそこ美味しい」くらいには認識していた。だから、このイベントでカリフォルニアワインが売れるようになれば、ショップでも取り扱いができてビジネスにもつながる。という思惑もあっただろう。

イベントの企画内容は「赤ワインはカベルネ・ソーヴィニヨン、白ワインはシャルドネ」「それぞれカリフォルニア6本、フランス4本」「審査員はフランス人がブラインド審査」。赤のカベルネ・ソーヴィニヨンはボルドーがチャンピオンだし、白のシャルドネはブルゴーニュがチャンピオンだった。だから、ちょっとハンデをつけてカリフォルニアからの出品を多めにしたんだって。スパリュアもパトリシアも審査員たちも、それでもフランスワインの圧勝になるはずだと信じて疑わなかったから。
日本の高校のサッカー部や野球部が、世界最高峰のリーガエスパニョーラ(スペインサッカーリーグ)やメジャーリーグ(アメリカ野球リーグ)に乗り込んでくるような感覚ね。よほどのことがあったとしても、絶対に部活に負けないと思うよね。

イベントとしては面白いけど、フランスのメディアは誰も見向きもしなかった。ま、そりゃそうか。話題性低いもんね。唯一取材に来てくれたのはアメリカのニューヨーク・タイムズだけ。部活の例えで言えば、日本の新聞社が一社だけきたみたいな感じだろうね。

今日も読んでくれてありがとうございます。なんか、ノリでやり始めただけのイベントなんだよね。ビジネスでもあるけれど、どちらかというと遊びの感覚でさ。それがまさかの事態に発展するとは誰も思ってなかっただろうなあ。こういう「まさかの展開」って面白いよね。『パリスの審判』は怒涛の後編へ続きます。

Posted in エッセイみたいなもの

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