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今日のエッセイ 小さいと感じる音の話 2021年7月26日

最近、「言語」について面白い話を知ったのでシェアします。それは「音」と「意味」が関連しているのかということ。意味がわからないよね。文字ではなくて声に出した時に「あ」という音自体に、人類は何かしらの感覚的な意味を見出しているのか。

例えば「あ~」という音と、「い~」という音を聞くとする。母語が何であろうと、潜在意識では何かしらの意味や感覚、印象を受け取っているはずだよね。と紀元前400年頃のソクラテスが言ったらしいのね。近代言語学の父と言われるフェルナン・ド・ソシュールは「そんなことあるかよ。全然関係ないだろう」と正反対のことを言うわけだ。
これが、近代になって「どうやらソクラテスの言うことの方が正しいっぽいよ」ということになってきているとね。というか、こういう研究が続けられていることがスゴイわ。

ぼくが聞いたのは主に母音の話。母音というのは、日本語の場合「あ」「い」「う」「え」「お」だよね。このそれぞれの音で、ぼくら人類がどんな印象を持つのかという研究について聞いたんだけど、その中でも「大きい」「小さい」の印象が変わるのだそうだ。
端的に「い」の音は小さく感じやすい傾向にあって、「あ」「う」「お」は大きい印象を与える。だったかな。ちょっとおぼろげな記憶だけど、とにかく「い」が小さいというのははっきりしている。「あ、そうなんですか。」と言う程度の感想になるのかな。ぼくはオモシロイと思ったんだけど。

例えば、同じ漢字だけど読み方で男女の区別をしがちな名前ってあるよね。「香」とか「歩」とか。まあ別に一文字である必要はないのだけれど。女性の場合は「かおり」で男性の場合は「かおる」とする傾向がある。語尾に小さい印象を与える「い」を持ってくることで、小さく可憐な様子を表現しているというのだ。逆に「う」の音に変えると大きい印象を与える効果があるから男性に使うことが多いと。「あゆみ」と「あゆむ」も同じとね。
もちろん、そんなことを狙って名付けをすることは無いだろう。ただ、人という生き物、そして言語にはそういった性質がありそうだということだ。外語でもマクロとミクロとか、ラージとミニマルみたいな使い方もある。例外もカンタンに見つかるから、あくまでも「傾向」ということで捉えられる。ビッグとスモールは真逆だし。

外語ということで、興味深い実験があった。アメリカでの実験で、全く同じ商品に違う値付けをしてどちらが安いか直感的かつ瞬間的に判断してもらったそうだ。ひとつは「7ドル22セント」、もうひとつは「7ドル66セント」。どう考えても前者の方が安い。なのに、瞬間的に後者を安いと判断した人のほうが圧倒的に多かったそうだ。その確率100%。え?馬鹿なの?
カラクリがある。表記は「$7.22」「$7.66」で、アメリカ人なら見たまま読む。「セブンダラーズ、トゥウェンティトゥセンツ」などと読む人間は皆無だ。とっさにこう読むはずだ「セブンポイントトゥウェンティトゥ」「セブンポイントシックスティシックス」。ほらね。語尾の音が「うう」か「いい」の連なりになっている。これが、「$7.66」が安く感じた原因らしい。ホントかよ。

日本語でも当てはまるのかと周りを見回してみたら、意外とあるかも、ということになった。~8円は「い」で終わる。~9円は「う」で終わるけれど、間に小さい「ゅ」が入っている。小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」は言語学的には「い」と同様の音として分類されるから、これも同じと見なせる。ちなみに「ちいさい」よりも「ちっちゃい」の方がより小さく感じるのはこのせいだとか。逆に~5円というのはあまり小ささを感じない音ということになる。

今日も読んでくれてありがとうございます。専門家ではないので、これ以上詳しく書くことは出来ないし、反証をもらってもどうにもならない。だけど、ちょっと面白いなあと思ってさ。音が心理的に作用するということを、うまく活用できたら面白そうじゃない?

Posted in エッセイみたいなもの

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