料理人として、つまり料理を作ることを仕事にするようになって7年。それでも、それなりに会席料理を提供することが出来ているし、たくさんの方々がこの料理を楽しみに来店してくれています。ぼくくらいの年齢の料理人だと、料理歴20年以上という方が大半なんだよね。そんな人達の中でも、方を並べて仕事ができているのはなぜだろう。
はっきり言って、自分自身を客観的に見て「料理の才能がある」とはとても言えないんだよなあ。もっと美味しい料理を美しく作る人はたくさんいるからさ。
ぼくがやっていることはシンプル。古くから伝わる数多の料理を、ひとつひとつ丁寧に作り込んでいくこと。そこに、むとうなりの解釈を加えて形にしていくこと。それだけなんだよ。守破離で言えば、守と破の部分を行ったり来たりしながら、たまに離れてみる。ひたすら実験を繰り返しながら、修正していく。特殊技能については、もちろん練習するけれど数十年やってきた人たちには、簡単に追いつけるわけもなくてさ。
というようなことを、同業の重鎮と話していたら「他の業界にいたから、それが良いんだよ。視点がいい」と言っていただいたことがある。なんのこっちゃ。というのがその時の感想だったし、少しはおだててくれたんだと思っていたくらいのもの。
だけど、最近改めて思うことがあるんだ。他の社会を知っていることは大切だと。
どうしても同じ業界の中だけでものを見て判断をしていると、社会全体の感覚から乖離しやすい。どの業界にもあるでしょ。「これはこういうもんだ。知らないほうがおかしい。」みたいなの。ちょっと極端な表現だけど、それっぽいことはあると思うんだよ。
そういうことを、ついうっかりするとお客様にも求めてしまう。
それじゃあ、伝わらないんだよなあ。
色々な本を読んで勉強してみると、例えば「お茶は伝統的に見ても有料で提供することが妥当」ということがわかる。だけど、近年の常識では「お茶は無料」という概念が根付いてしまった。強弁することも出来なくはないけれど、少しくらいは寄り添って考えても良いんじゃないかと思うんだよね。お金を払っても良いと思えるようなサービス(商品)設計をするとかさ。お客様が見て、これはお金を払う価値があると感じてくれたら良いわけで。
どうも、このあたりが「業界の外からやってきた人間」らしいと感じるところみたいだよ。と、重鎮に言われたんだけど。どうだろう。
APUの出口学長の本の中で、学生に推奨している学びの方針が紹介されている。「本、人、旅」。これ好きなんだよね。これを勝手に誤読するわけだけど。学びを深めて、視野を広くしてくれるものということだと思っていて。ぼくは、縦軸と横軸という概念で捉えているんだ。言語化するのが難しいな。これ伝わりますか?縦軸というのは時間の概念。人間や社会がどうなっているのかを、時間軸上でさかのぼって理解すること。これが縦軸ね。じゃあ横軸は?自分の置かれている社会と異なる社会や、自分とは異なる思考様式をもった人のことだと思ってるのよ。
だから、本、人、旅というのは、縦横の両方向へ導いてくれるツールになるというのがぼくなりの解釈。
これが、今いる業界を次のステージへ導く鍵になるのでは?なんて思っているんだけど、どう思いますか?
今日も読んでくれてありがとうございます。最近、個性理論というものを研究している人に出会いました。ちゃんと理解して使うということをしないと、ただの占いになっちゃうから、そこを伝えるのがむずかしいんだよな。とおっしゃっていたのだけど。さっきの文脈に当てはめると「人を理解する解像度をあげるきっかけになるツール」として捉えると良いかもね。