戦争を知らない子どもたち。災害を知らない子どもたち。
こんなフレーズを目にすることがある。戦後生まれの世代や、東日本大震災の後に生まれた世代のことを指しているらしい。
表面通りに読めばそのままだ。けれども、なんだか変な解釈が生まれてしまうんだよね。その悲惨な事実をちゃんと知っている方が、未来のために良いよね。知らない世代にもちゃんと引き継がなくちゃ駄目だよねという文脈で語られることが多いように思えるんだけど。どうなんだろう。
少なくとも、ぼくらが小学生の頃はこんな感じだったんだよなあ。地域のお年寄りにお願いして学校に来てもらってさ。戦争当時の話を聞いたこともある。修学旅行で広島へ行ったときもだ。もう、ご本人からしたら思い出したくもないくらいの事実もあったかもしれない。それでも、僕らのために一生懸命に語ってくれたのだ。戦争がどんなものなのかは、知識としては知った。身体感覚を伴っていないから、表層だけなんだけどね。
一方で、戦後復興の間には、この辛い記憶を次世代に引き継がせたくないという思いが強かったという話も聞いた。二度と戦争が起こらないような社会を構築していかなくちゃって。賛否は色々あるし、意見も多様だけれど、その時々でより良い選択をしてきたんだろうと思うよ。戦争にならないために。
そう。ここがポイントなんだと思う。
戦争のことをちゃんと勉強しておく必要があるのは、戦争を回避するためだ。ほとんどの人は戦争をしたいと思っていたわけじゃないだろうし、出来るなら戦争を回避しながら国を運営したいと思っていただろう。しかけるとしても、外交のためのカードの一つとしてだ。
でも、気がついたら悲惨な状況に陥っていったわけだ。だから、その流れをちゃんと学んで、同じことが起きないようにするんだよ。
基本的には怖いから戦うみたいなことがずーっと続いているような気がするんだけれど、どうなんだろうね。ぼくの目にはそんなふうに見える。それにしても、近代以降の歴史についての勉強が少ないんだよなあ。学校の授業って。戦国とか古代も面白いんだど、まず近代こそちゃんとやったほうが良いのに。
それはさておき。
災害の場合の話。災害の場合は、人間があれこれと思惑が交錯した結果発生するものじゃないじゃない。どちらかというと、人間が行動を起こすのは事後。災害がいつどこで発生するかなんてわからないもの。だから、その後にどんな行動をしたのかが大切な学びになるはずだ。と思う。
ここまで津波が来たのだから、この辺りには住宅地を作らないほうが良いという知恵も、堤防を築くというのも、復興のために何をなしたかというのも、全部が人の思いと知恵と勇気のなせるもの。そこは、もっとたくさん学びの機会があったほうが良いと思うんだ。
なんでこんなことを思ったかと言うと、毎年この日になるとメディアは東日本大震災に関する話題一色になる。当然だよ。けど、事後の話が少ないんだよなあ。一人の少年が懸命に生きてきたっていうのも、それはそれで良いし、ぼくも心が動く。けれど、それだけじゃないんじゃないかな。もっともっと、未来のためにと工夫と行動を繰り返している人たちがたくさんいるでしょう。ハートフルじゃなくても良いから、そっちの情報をちゃんと未来へ繋ぎたいじゃない。
今日も読んでくれてありがとうございます。「転んでもただでは起きない」。ぼくら人類は、そうであってほしいよね。事件の前後をちゃんと学んで、少しでも良いと思える方向へ進みたいよね。