エッセイみたいなもの

今日のエッセイ 「まちづくり」で独り歩きする「テロワール」という言葉。 2022年3月22日

日本全国の町おこしで「テロワール」を声高に推奨するケースが有る。聞いたことある?テロワールというのは、ワインの世界で使われる用語だね。

元々はフランス語で「土地」という意味らしい。フランス語はまったくわからないけど。これが転じて「その土地(土壌や気候)が与える影響によって農産物などの味が特徴づけられること」みたいな感じで使われているんだよね。あってるかな。解釈が間違ってったら優しく教えてね。

さて、このテロワールの概念を日本酒やお茶にそのまま当てはめようっていうんだけど、どうかなあ。お茶は土地の影響をもろに受けるから、まあ良いでしょう。お茶っ葉になるまではね。そして、テロワール的なブランディングをするのも良いでしょう。

お茶っていうのは、基本的に飲むのよね。煎茶だとして、急須で入れたお茶はほとんどが水なんだ。つまり、水の影響をモロに受ける可能性が高いってことになる。

そこは考慮したほうが良いと思うんだ。

あと、やるなら徹底的に差別化しないと意味がない。うちの技術は門外不出というくらいにね。品種とか味とかも当然ね。うちのほうが美味しいよってくらいじゃダメなんじゃないかね。どうなんだろう。

少なくとも本家テロワールはかなりの時間と手がかかっているし、厳格なフォーマットも整備されているよね。ブルゴーニュのワインが今の状況になったのは、必然性があってのことだし。ナポレオン3世の意地とか、ワイン自体の市場の広さとか、希少性とか、もろもろのことが組み合わさってのこと。

町おこしで使われる「テロワール」という言葉は、「ブルゴーニュワインのような生産と販売のモデル」を指していることが多い。というか、それしかないんじゃないかな。世界を代表するブランディングの成功例だから、そりゃ参考にすべき点はしたほうが良い。だったら、一度「テロワールブランディング」がどのような背景を持っていて、何がポイントで、どの部分を借用することができそうなのか、くらいのことは勉強しなくちゃいけないんじゃないかなあ。イメージだけで走り出すと怪我するよ。

ということは、いろんな「町おこし」「まちづくり」の相談では言っているんだけどね。なかなかねぇ。業界には業界の力学があるらしくて、難しいらしい。難しくしているのが何なのか。属人的な場合もあるかもしれないけれど、大体は構造的な問題だから、そこから手を付けなくちゃいけないのかもしれないね。

日本酒に関しては、ぼくはテロワールの概念を持ち込まないほうが良いと思うよ。いや、ホントにさ。そもそも、ワインの原料はブドウオンリーなんだ。水すら使わない。世界の醸造酒の中でも、果物やはちみつから作られるお酒は「原始的」なスタイル。

原始的だからこそ、原料の違いがおもいっっきり味の違いを生み出すことになる。

日本酒は、麹による糖化と酵母による発酵で、しかも平行して行われる上に、3段階にも及ぶ仕込みがある。そのそれぞれに、恐ろしいまでに進化した技術の数々があって、ひとつひとつが酒の味を左右するほどのもの。そして、昔から言われるように水が酒の味を大きく左右する。

つまり、日本酒は水と技術の酒だと言うことになるね。

テロワールの原義に従えば、「土地の影響はある」ことには間違いない。けれども、「ブランディングに影響するほどではない」ということになるんじゃないかなあ。どちらかというと「匠の酒」。言い換えるなら「人の酒」なんだよ。

良い料理人のいる店が繁盛するように、良い杜氏が作る酒が人気が出る。もちろん、その人柄とか個性が酒に現れることが絶対的な条件になる。そういう意味では、昨今流行りの獺祭に人気が集まるのも分かる。味だけを考えたら、あんなに米を磨き込むことの影響は少ない。だけれども、そこに思想が加わっていることが大切なのだ。

人そのものを売るのじゃなくて、作りての信念とか思いが見える商品が付加価値を与える。これは、ある意味でテロワール的でもあるのかな。とにかく、この部分をちゃんと見せることでマーケティングに繋がるのだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。まだ世の中の沢山の人にはその価値を見いだされていないけれど、自分だけが信じる価値がある。それは偏ったものかもしれないけれど、それが現れた商品に価値が生まれるのだろうと思う。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

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