エッセイみたいなもの

今日のエッセイ マナーの本質を主観と経験だけで考察してみる。 2022年5月29日

テレビをつけていると、マナー講師という人が登場することがある。最近も、そのことがネット上でちょっとした話題になっていた。ぼくはその番組を見ていないのだけれど、どうやら怒鳴り散らしていたらしい。芸人さんがマナーを知っているかどうかをチェックするような企画であったから、まぁ芝居がかったものなのかもしれない。実際のところはわからないし、どうでもいいんだけどね。

マナーと呼ばれているものには、ぼくも時々感じるものがあってね。それが、2つあるんだ。

ひとつは、文脈。あたかも、マナーを法律でもあるかのように捉えて語る人があるのだけれど、そういうものじゃないんじゃないかと思うのよ。

もう一つは、機嫌よく過ごせるか。

文脈っていうのは、どうしてそういったマナーが誕生して定着していったかという背景のことね。世の中には不思議ないわれがあるよね。そんなのマナーって誰が決めたの?っていうようなものがさ。だけど、色々と調べてみると、ははぁなるほどね、っていうポイントが見つかるんだよ。だいたいは。

現代の視点で見ると、もう形骸化してしまっているものもある。その作法は漆塗りの食器だからだよとか、お膳を使っていたときだからだよとかね。だからといって、綺麗さっぱり刷新するようなものじゃないんだ。というのも、マナーっていうのはいくつもの型の連続が作る所作の美しさを追求する側面があるからだね。どこか一箇所を崩すと、他への流れが崩れてしまう。一つ一つの所作が連続するように考えられているところが、美しさを作っている。

文脈でマナーを読み取るっていうことは、その作法が成立することになった背景、そして作法が連続した時に見せる美しさの両方を読み取るっていうことなんだと思っている。だから、法律のようにルールとして設定されるのじゃなくて、あくまでも作法。それは、場とか空気が支配する領域なのだ。

場や空気の支配を無視して、ルールのように語るのはなんか違うじゃん。場や空気の支配については、茶道や膳に通じるし、もっと遡れば日本古来の土着信仰に繋がる流れ。マナー講師は小手先の型を語るのではなく、元々の心の有り様から紡ぎ出される部分を語ってもらえると嬉しいよね。

もうひとつは、機嫌よく過ごすことが大切なんだと思う。作法とかマナーは、基本的に自分以外の何者かが存在することが前提になっている。自分だけだったらどんな所作をしようが知ったこっちゃない。極論だけれどそういうことなんだ。まぁ、そう言っちゃうと色々と不都合があるし、日本人の心根にはそぐわない。これは、お天道様が見ていると言われることがあるように、神様との繋がりを感じていた日本人の精神に関わってくる部分だね。

それはさておき、だ。

今は、眼の前にいる人間に集中しよう。自分と自分以外の人間のすべてが対象だ。それぞれが、お互いに気持ちよく機嫌よく過ごすことがなによりも尊ばれる。そのためにイチイチ考えてたらタイヘンじゃん。毎回文字を作り直すようなもの。タイヘンだし伝わらない。だから、お互いの心を伝え合うための共通言語としての所作が作法なのだ。

ボディーランゲージ+美しさ=作法。とでも言うのだろうか。ボディーランゲージというよりも、もっとメッセージが込められているように感じるんだけどな。言葉少ない和歌や俳諧のようなものに、思いの深さを表現するように、言葉じゃないものに思いを乗っける感じ。

これが、相手に伝わった時に嬉しくなる。だから、単純なところで言えば、微笑みかけることも作法のひとつなのだ。このほほえみ一つで相手が機嫌良くなれば良い。お互いに、相手を思いやって機嫌よく過ごして欲しいと願い続けることこそが作法の基本なのだ。

ここに、誰も知らない新しい言語を勝手に作って持ち込むと混乱が生じるよね。それは日常会話でも同じ。勝手に作っておきながら、なんでこの言葉を知らないのって言っているようなもの。そりゃ困惑するって。だから、前述の文脈に則って、長い時間と場と空気が作法を成立させてきたってわけ。

と、全部ぼくの持論だよ。正解じゃないだろうから鵜呑みにしない方がいいと思う。

ただね。今までに触れてきた経験や学びを統合すると、日本人が伝えてきた作法はこんな感じに見えるってこと。歴史上の偉人が作り上げ作法だって、基本的には文脈の上にあってさ。ただ、混乱しないように整備したって感じに見えるんだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。エスカレーターの片側を開けるっていうマナーあるじゃない。ホントは危ないからやめたほうが良いんだけどさ。あれも自然発生だよね。不思議。ただ、あれは効率だけを重視していて、他の視点を欠いているからなあ。どうなんだろうね。個人的にはなくて良いと思ってるけどさ。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

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