エッセイみたいなもの

今日のエッセイ 代替肉のはなし。 2022年6月7日

2022年6月7日

だいたいねえ、代替食品っていう言葉が良くないよ。うん、そう思う。

いきなりダジャレだけれど、表現方法は変えたほうが良さそうだよね。なんとなく、イメージが良くないじゃない。肉っていう本物があって、あくまでも偽物だよって言っているのと一緒。肉とは全く異なるけれど、あきらかに美味しいタンパク質があったら良いんじゃないかな。

肉を食べちゃダメ。そんなことを法律で決めても、まぁ無理だろうね。メチャクチャ難しい。あと30年だよ。ムリムリ。これだけ勤勉で禁欲的な文化を築いてきた日本でも、100年以上の時間がかかったんだから。

日本の場合、勅令で肉食禁止令が出てるんだよね。勅令って、天皇から直々に発布される命令のことだ。現代社会に生活していると、あんまりピンとこないかもしれないけれど、メチャクチャスゴイことだから。飛鳥時代とか奈良時代における天皇っていうのは、神様なんだよね。ぼくらの考える宗教観じゃないよ。世界の成り立ちは全て神様によるものだって、本気で信じている時代の神様の言葉。

日本で最も信仰されているのは、現代では科学かもしれない。その科学で肉が毒だということが証明されたとして、それを国の法律で禁止したとする。憲法でも良いかも。そういう感覚なのかもしれない。

表向きには肉食は控えるようになったらしいんだ。だけど、結局長い間肉食を続けてきたんだよね。薬食とかいってさ。まぁ、他の国の肉食文化と比べたら微々たるものだけど。

食文化が入れ替わって定着するって、ケースによっては長く時間がかかるんだよね。人間にとって快楽に進む場合は割りと早い。逆の場合は、相当時間がかかる。そんな感じかな。

明治以降、欧米の食文化が日本に流れ込んできた。やんわりと浸透していくというのではない。明治政府が中心になって、西洋化を進めたんだよ。抹香臭い日本の伝統なんか放り出して、欧米と同じような生活をするべきだって。極端だよね。ブレーキをかけてくれたのがアメリカ人やイギリス人のお雇い外国人っていうのが面白いところだけど。まぁ、それはいいや。

とにかく、ムチャクチャ頑張って洋食文化を広げようと尽力するわけ。でも、なかなか肉食が浸透しないんだよ。慣れてないんだ。

肉は臭い。あんなもの食えるかってね。それから、野蛮なイメージがあったから。

慣れる馴染むって、食文化を語る上ではとても大事。ムーブメントってそういうもんじゃないかと思うんだよ。肉食に馴染むきっかけの一つになったのがカレーライスだよね。カレーライスだよにしてしまえば、肉の臭さが気にならない。それどころか、カレーライスに使用されている香辛料は、昔から日本人にとって馴染んだ味だったし。シナモンとかターメリックって、ニッキとウコンだ。クミンは馬芹。日本語で定着するくらい馴染み深い味なんだ。

しかも、ご飯にかけることにしたのがポイントだよね。江戸時代後期から、日本では丼ものが定着していたでしょ。うなぎ丼とか天ぷら丼とかさ。同じ感覚で、ご飯にかけるものは受け入れやすかったんだろうね。

そうこうしているうちに、肉の匂いに慣れちゃった。子供の頃から肉を食べているうちに慣れちゃうの。そういうことって、あるよね。

ガンモドキってあるじゃない。あれ、もともと代替食品なんだよ。雁という鳥の代わりっていう意味だから。気がついたら、ガンモドキっていう新ジャンルの食品として定着しちゃった。慣れだろうね。

手っ取り早く代替肉を定着させるなら、給食が良いんじゃないかな。数十年の後には定着していると思うよ。マズイものだったらあれだけど、美味しければいいじゃん。肉っぽくなくても良いんだと思うよ。極端な話だけどさ。

今日も読んでくれてありがとうございます。でもなあ、アメリカの給食事情を見ると厳しいかもしれないんだよね。なにせ、魚が不人気だと言ってフィッシュバーガーがゴミ箱に放り込まれるくらいだし。大人がそれを当然のことだと思っちゃっているし。こりゃ、なかなかの難関だ。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

掛茶料理むとう2代目 ・代表取締役・会席料理人 資格:日本料理、専門調理師・調理技能士・ ふぐ処理者・調理師 食文化キュレーター・武藤家長男

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