エッセイみたいなもの

今日のエッセイ 「新しいことに出会う」という子供の楽しみ 2021年3月20日

日本中のほとんどの「親」がやってしまいそうなこととして「ちゅるちゅる食べる?」というのがありますよね。僕だけだったらすみません。小さい子供がいると、つい言ってしまいませんか?うどんもラーメンもパスタも「ちゅるちゅる」とか「つるつる」とか、そんな表現を子供に言ってしまうんですよね。
これって良いのか良くないのか、僕にはさっぱり正解が見えないのだけれど、いわゆる赤ちゃん言葉を使う必要は無いのかと思うときがあるんですよ。

妻と2歳の娘が一緒に遊んでいるとき、妻は割と普通に話をしてます。まるで大人と話しているんじゃないかというくらいに、普通の単語を使うんですよ。娘は妻が言った単語の意味なんてわかるわけがないです。それでも、お構いなし。もちろん、学習がかなり必要な概念とか専門用語は避けているのだけど、「妻がストレスを感じないレベル」で「日本語を当たり前に話す」ということをしているんですよ。これを横で見ていて、素直に「スゲーな」と思っちゃいました。
娘は、わからない単語に出会うととりあえず妻の真似をします。うまく真似ができなかったら、もう一度言ってちゃんと発音ができるまで付き合う。その後に単語の意味を噛み砕いて伝えるわけです。モノの名前だったらそれを見せたり、気持ちや概念的なものは他の例文を出して言葉遊びをしたり。
何気なく眺めていましたけど、これってスゴくないですか?

敢えて分析してみるのだけど。娘は新しい言葉に出会うのが「楽しい」んだと思うのね。たぶん、発音を真似しているタイミングで興味が最高潮になっている瞬間かもしれないですよ。その最高のタイミングで言葉の意味を知る。最高のタイミングだから、吸収力が高くなる。ですかね。
一連の流れも「スゲー」ですけど、新しい言葉に「出会う」ということも「スゲー大切」だと思いますね。そう考えると、相手の目線に合わせて話をすることが一見親切なようだけれど、実は学習機会を奪っているのかもしれないとも言えますよね。「わからないコトに出会って嬉しい」と「わからないコトに出会う機会を作る」が噛み合っていればお互いに成長する。これは、大人でも子供でも同じことですよ。きっと。わからないことに出会った時に、僕自身が同対処するかは僕次第なんです。難しい単語を使った相手を不親切とするのか、機会をくれたと思うのか、ですね。娘を見習って気をつけることにします。

料理でもきっと同じですね。辛味や苦味は別として、大人料理はまだ早いからと子供向けの料理を用意することってありますよね。ハンバーグとかエビフライとか。むとうでもそういう注文をいただくこともあります。けれど、ごま豆腐とか白和えとか、少しずつでも「新しい出会い」を提供したいなと思います。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

掛茶料理むとう2代目 ・代表取締役・会席料理人 資格:日本料理、専門調理師・調理技能士・ ふぐ処理者・調理師 食文化キュレーター・武藤家長男

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