エッセイみたいなもの

今日のエッセイ ほうれん草は溶けないよ。 2021年5月16日

2021年5月16日

食の安全を考える上で大事なことのひとつに「農薬問題」があります。いつだったか、とある農家さんに教えてもらって衝撃的だったんだけど、言われてみれば「確かにそうだ」ということがあったんだ。

「ほうれん草は放っておくと干からびるんだよ。」
古くなったほうれん草って、冷蔵庫の中で「どろっとしてる」ことないですか?葉っぱの一部が溶けちゃっていたりして。なんとなく、そういうもんだと思い込んでいたところがあるのだけれど、よくよく考えてみたら変だよね。草刈りをして、雑草をその辺に放置しておくとやがて枯れるじゃない?茶色く干からびてくる。木の葉っぱだって、枝だって根っこだって、みんな「枯れる」んだよ。それが自然の中にある植物の「普通」のはずなんだ。なのに、なぜか冷蔵庫の中のほうれん草は「溶ける」。不思議だよね。

はじめは冷蔵庫という環境のせいなのかな、と思った。だけれども、どうやらそうではないらしいのよ。この野菜が「溶ける」という現象は「バクテリア」の影響なんだって。本来、野草のような自然に育った植物にはありえないんだけど、「バクテリア」が野菜を「分解」している。自然の植物にバクテリアが寄り付かないのは、バクテリアの餌になるものがそこにはないからだ。バクテリアが好む餌は地中に存在する。だから、わざわざ植物の方にまで移動する必要がない。というか、移動した先に餌がないのだから当たり前だ。人間で置き換えたなら、わざわざ月に移住するようなもんだ。
では、なんでほうれん草にはバクテリアがやってくるのかな。ということになるよね。

バクテリアの餌になっているのが、主に硝酸塩(しょうさんえん)という成分。これは植物が元気に育つためには土中に無くてはならない成分なんだって。適正量であれば、植物は自分自身の成長のために消費してしまうから葉っぱに硝酸塩が残るようなことはほとんどない。けれども、土中に大量の硝酸塩が存在すると余分に吸い上げてしまって、結果として葉っぱにたくさん残っちゃうんだ。そして、バクテリアがこれを食べにやってくる。これが、「冷蔵庫のほうれん草が溶ける」仕組みなんだそうだ。

へえ、と思って試してみた。窒素系の化学肥料を使わないというおじいちゃんにほうれん草を作ってもらったんだよ。自然農法というやつだ。で、あえて冷蔵庫の中と外に放置してみた。そしたらね、見事に枯れましたよ。ほんとに枯れ草。あれあれ?これはスゴイことだぞ。というのは、ぼくが知らないだけで農家さんたちの間では、けっこう常識らしいんだけどさ。

ところで、この自然農法のほうれん草の味なんだけど。美味しいよ。うん、確かに美味しい。葉が厚くてしっかりしているわりに筋張っているということもないし、味や香りは濃厚。いわゆる「アク」があんまりないからさっぱりしている。
これは、他の野菜でも同じような味の違いがでるんだよね。とくに、根菜類なんかは「アク」の量ははっきり違う。だって「アク」の素になっているのが硝酸塩なんだから。まあ当然の結果なんだけどさ。

窒素系の肥料が硝酸塩の素になる。窒素系肥料をたくさん入れると「早く大きくなる」から「生産効率が上がる」。だけど、たくさん入れるから野菜に残留しちゃって品質が低下するリスクが有る。さらに、硝酸塩が残留しているからこそ虫に食われやすくなる。しょうがないから殺虫剤を散布する。そういう循環らしいんだよ。細かいところは省いているけれど、概ねそんなことなんだって。

今日も読んでくれてありがとうございます。生産性向上もビジネスとしては必要だけど、生産しているのは「体の一部になるもの」」だからねえ。いろいろ考えさせられてしまうよ。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

掛茶料理むとう2代目 ・代表取締役・会席料理人 資格:日本料理、専門調理師・調理技能士・ ふぐ処理者・調理師 食文化キュレーター・武藤家長男

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