エッセイみたいなもの

今日のエッセイ ゴールデン・ウィークと移動とGDPと。 2022年5月7日

2022年5月7日

ゴールデン・ウィークにたくさんの人が移動するのは久しぶりのことだ。各地の高速道路が大渋滞するのも、新型コロナウイルスの流行以前には季節行事だったわけだけれど、今年は久しぶりの大渋滞だそうだ。それでも数年前のピークよりは控えめらしい。

沢山の人が移動すると、国のGDPは上昇する。資本主義の傾向の一つだ。移動することでコストがかかるわけでしょ。交通費もそうだし、宿泊費もかかる。それに、移動中にコンビニやサービスエリアで何かしらの消費活動をするし、食事だって外食になるわけだから。国全体の経済としても、我々田舎の地方自治体としてもまことにありがたい消費である。だからこそ、各地域は観光政策にも注力しているわけだ。

ところで、人やモノの移動について、少しばかり考えさせられることがある。良い面と悪い面の両方が考えられるんじゃないかと思うんだよね。

旅などで人が動くのはウェルカムだ。それは、観光収入の増大という面でも助かるのだけれど、学習の面でも良いことだと感じているからだ。

「たべものRadio」で、料理や食材や飲み物の歴史などを紐解いていくと、座学としてはとても面白い。けれども、実際にその産地を訪れると座学では気が付かなかったモノゴトにふれる事ができるのだ。実際にその場に立つ。地図だけではわからない距離感。気候。人々の暮らし。そういったものだ。美術雑誌で見る名画を直接見に行く感動に近い。身体感覚を通じてでしか受け取れないものがあるのだろうと思う。

そして、五感で感じるという体験は、一緒に行く人との「共通体験」として体にインプットされる。この共通体験もコミュニケーションや人格形成にとても有用だと思うのだ。

難しく考えるとこういうことになるのだけれど、単純に楽しい。これはとても重要なことのように思える。

一方で、無駄な移動もあるんだよね。例えば、講演会などで講師を招くとしよう。近隣に素晴らしい講師の可能性を持った人がいる。下手をすると市内にも様々な知見、能力、活動経験のある人がいる。にも関わらず、あえて東京から招いたり、海外から招いたりする。特に自治体主催の場合に多いのだけれど、「遠くからわざわざ招いた」こと自体が「スゴイ」アピールになっていたりする。

無駄とまで言い切るのは少々失礼だろうか。でもね。これをやることによって、GDPは上がるのだよ。

もっと他のことを言おう。地元の野菜ではなくて、あえて遠くの野菜を購入する。県内で収穫できるキャベツを他県に移送する。その一方で他県のキャベツを静岡県に運んできて販売する。こういうことをすれば、GDPは上昇するわけだ。

現在の資本主義は、GDPという指標を持っている。国民総生産。最近では一人あたりの生産額も指標にあがっているかな。そうすると、その指標の高いところに経済活動は流れ込むわけだ。

アダム・スミスの「国富論」の中で「神の見えざる手」が紹介されたのは有名な話だ。経済の現場をじっくりと観察すると、国家が介入しようとしなかろうと市場は一定の力学で調和を図るというものだ。我ながら雑な解説だな。

この力学に対して異論を唱えるとかそういう話ではないのだけれど。行き着く先が本当に我々の幸福に繋がるのだろうかというところには、疑問が残るようなあ。というのが、移動について考えさせられると感じているところなのだ。

どのようなバランスが良いのだろうか。そして、GDP以外の指標が必要だとは思うけれど、どんな指標が良いのだろうか。そんなことをね。悶々としているわけだ。

今日も読んでくれてありがとうございます。これからの社会をどのようにしていくのが良いのかなあ。といって活動したところで、必ずしも思った通りの社会になるわけではないのだろうけれど。かと言って、じっとしているのも気持ちが悪いんだよね。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

掛茶料理むとう2代目 ・代表取締役・会席料理人 資格:日本料理、専門調理師・調理技能士・ ふぐ処理者・調理師 食文化キュレーター・武藤家長男

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