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今日のエッセイ 味噌汁の出汁のとり方 2021年8月17日

2021年8月17日

今回は出汁の話をします。「味噌汁の出汁は何?」と質問されることがないから、改めて回答する機会はあんまりない。伊勢海老とか使えば聞かれることもあるけどね。どちらかというと、どうやったら美味しくなるか、コツは何か、といった質問の方が多い。それは全部「昆布+鰹節」の話でさ。その組み合わせでの「正しい出汁のとり方」を知りたいと言われるんだよね。気持ちはわかるけど、「正解なんてない」と言えるし「出汁はいらない」ということも言える。それが味噌汁の奥深さだ。
だから、伝え漏らしていることがあるんだよね、実は。

汁物はおかずだって話はしましたよね。吸い物がスープで知るものはシチューの感覚。広義で言えば肉じゃがだって汁を飲めるくらいにすれば汁物なわけだ。味噌鍋なんか完全に汁物でしょ。豚汁も。つまり、具がたくさん入っているのが大前提の料理だということを理解しておいて欲しい。
芋、ネギ、ワカメ、大根、ゴボウ、シイタケなんかを入れて加熱しいくとする。そうすると、もうこの時点で美味しい出汁が出ているはずなんだよね。精進料理の出汁ってこうやって取るんだ。だからもうこれに味噌を溶かせば味噌汁になる。ちゃんと美味しい食材でやってみて欲しい。下手に顆粒ダシなんか入れないほうがずっと美味しいからさ。
気をつけるのは食材のバランスだけ。芋が多すぎれば甘くなるし、椎茸が多すぎたら椎茸臭くなる。そのあたりの加減は、やりながら好みに合わせていくのが一番良いよ。ぼくだって、適当だもん。言語化が不可能な領域ってあるじゃない。これもそのひとつ。なんでかっていうと、野菜の味が全部違うから。地域によっても畑によってもぜんぜん違う。大根ひとつとっても同じ品種かと疑うくらいに違う。だから、レシピにしようがないはずなのね。大体の目安でやったらいいよ。

ぼくら料理店が「昆布と鰹節」の出汁をメインで使うのは、安定させるためだ。毎回来店するたびにバラバラの味付けじゃ困る。それに、他の料理とのバランスだって毎回変えなくちゃいけなくなるわけだ。だから、安定していて美味しい「昆布と鰹節」の出汁を主体に組み立てることにしている。というくらいなもんだ。とか言いながらも、掛茶料理むとうはしょっちゅう味を変えちゃうけど。とくに味噌汁はね。なるべくその時の食材の味を活かしたいから。

大根の味噌汁と、大根の入った味噌汁は違う。ということを言われたことがある。これは、家庭の味噌汁と料理屋の味噌汁の話だ。家庭の味噌汁は大根の味噌汁ね。だから、水の状態から大根を入れて煮ていけばいいんだよ。そうすることで大根のうま味や香り、栄養も全部出汁になるから。これが大根の味噌汁でしょ。大根の入った味噌汁っていうのは、椀種の感覚で大根は大根だけで加熱調理を完成させておいて、そこに完成した味噌汁を注ぐものだ。こっちは料理屋がやることが多いんだけど、汁物というよりも味噌味のお吸い物だね。全然別物だよ。

なんでこんな展開の話をしているかというと、理由が2つある。現代人の大半が「出汁はかくあるべき」というステレオタイプな価値観、べき論に支配されているということがひとつ。だから、料理人としてはそんなのは料理本(教則)を売るためのまやかしだってことは伝えたいなと。それから、前回までに味噌汁の歴史を振り返って分かる通り、味噌汁のためにわざわざ「昆布と鰹節」の出汁を用意する文化なんて存在していないってこともあるよね。なんでもかんでも「昆布と鰹節」にしてしまうと、味の濃淡や陰影が出来なくて、ホントにのっぺりした料理になっちゃうんだよ。だから、使っても使わなくてもよし。顆粒ダシなんて、無くても良い。便利だけどね。良いんだよ。前の晩の残り物とかを全部突っ込んじゃえば。

ちなみに、野菜炒めをそのまま味噌汁にしても成立するからね。肉じゃがなんて豚汁とは紙一重だし。もっと自由にアレンジしてみてほしいと思う。沖縄だとラードやマーガリンを加えるところもあるくらいだ。ちなみに、沖縄には「味噌汁」という定食があるらしい。味噌汁が具沢山で味がしっかりしているから、それがおかずの定食になっているんだって。昔近所に「豚汁定食」があったけど、それと同じ感覚なんだろうね。

最後に定番の煮干しについてちょっと解説。煮干しを出汁に使うなら、これ単体で完結する。丁寧にやるなら頭とハラワタを指でちぎったものを使用する。特にアクが出る部分だし、ハラワタは苦味の下だからね。気にならないならそのままでもOK。あんまり高温で煮出すと、やっぱりアクが出るからほどほどが良いかな。丁寧にやるなら、前の晩に水に漬け込んでおくと良い。もしグラグラさせるんだったら、頑張ってアクをとれば良いんじゃないかな。煮込むと臭みも出やすいから、ネギやミョウガなどの香味野菜を活用すると良いよ。生姜を絞っても美味しい。ぼくはごま油をちょっと入れるのも好きだけど。

今日も読んでくれてありがとうございます。いろんな料理人の本で味噌汁を調べたけど、あんまり書いてないんだよね。味噌汁のことを書いているのは料理研究家系の人ばっかりで、出汁の自由さまでたどり着いているのは少数だったな。ほとんどは「昆布と鰹節」こそ正義みたいな感じ。歴史から掘り下げることの意味は、完成された料理の系譜をたどることで本質を掴むことにあるのかもね。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

掛茶料理むとう2代目 ・代表取締役・会席料理人 資格:日本料理、専門調理師・調理技能士・ ふぐ処理者・調理師 食文化キュレーター・武藤家長男

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