エッセイみたいなもの

今日のエッセイ 頑張って働いたら家庭料理が洋食化した? 2021年6月13日

2021年6月13日

1950年頃からの50年間で、ご飯文化に影響を与えてきたのは「国家としての思惑」があったという話をしてきました。だけど、それだけじゃないんだよね。そうカンタンじゃない。今でも働き方改革って言っているけれど、この時代も「働き方の変化」が大きくてね。意外なことに、この働き方の変化が影響しているんだって。

この頃から「高度経済成長期」が始まるよね。戦後の復興期が終わって「もはや戦後ではない」宣言あたりから、経済成長がハンパないことになる。この時期に一般家庭で何が起きていったかというのが今回の話ね。めちゃくちゃ一般論だけど。テレビが普及しはじめて、ダイニングキッチンが一般化する。冷蔵庫やエアコン、洗濯機が当たり前になってくる。このへんは社会の教科書に記載されている通り。
1970年辺りから、みんなの忙しさが今までとは質が違ってくるんだよね。

それまでは、家事や移動に時間がかかっていて、忙しいと言っても働くことのできる時間は限られていたんだ。洗濯も手作業。食品は買ってきたその日に消費するのが原則、だから毎日買い物に出かける。これだけでもかなりの時間を費やすことになるよね。だから、女性が社会で働くこと自体が難しかった。これがある程度解消されることで、女性が働く地盤が出来てくる。

会社で働くお父さんたちも大変だ。どんどん人口が増加していて、仕事はやればやるだけ収入が増えていく。だから、みんな夜遅くまで頑張って働いた。気がつくと家にいる時間が戦前よりも少なくなってきたというくらいの働き方になっていったんだよね。この頃から、徐々にだけどお父さんが一人で夕ご飯を食べる姿が出てくるようになるね。

もう一つ、社会全体が高学歴社会になっていった。今までの反省を生かして、日本人はもっと勉強をしておかなきゃならないと思った。戦争の反省なのかね。そのへんの心情はわからないけれど、団塊の世代から下は一所懸命に受験勉強をするのが当たり前になっていく。大学進学率も一気に高まった時期だよね。

ざっくりと、3パターンの忙しさを表してみたけど、どうだろう。みんな、バラバラに動いている感じがしない?これは、今でもそうなんだろうけどね。それぞれに別のことに忙しくなっている。結果として「バラバラ食」の芽が少しずつ生まれ始めるんだ。ここに個人の尊重という概念が浸透してくるから、さらに孤食個食というのがブーストされていくことになる。

これが、どうしてご飯文化に影響を与えたかということなんだけど。それには「おかず」の存在が大きいね。ご飯食べようとするとさ、どうしてもおかずが欲しいでしょ。夜遅くに一人分だけ複数のおかずとご飯とお味噌汁を温め直すのってけっこう手間。こういうときスパゲッティってすごく便利じゃない?
朝ごはんだって、みんな忙しいもん。お母さんだって働いてるんだから、一人だけ早起きしてご飯を炊いたり味噌汁を作ったりって理不尽だって、そう考える人が出てくるのは自然だよね。だったら、トーストとコーヒーだけあればいいでしょ。これなら「早い」よね。

そうなんだ。ここに大きな転換があったとぼくは思っている。日本中のあちこちで、「効率化」「時短」「インスタント」が勃興することになるよね。特に都市部ではそれが顕著だったんじゃないかな。そうなると、食事の時間を少しでも短くするための食事文化に切り替わっていくんだよね。
そうなると「ご飯とおかずを用意しなくちゃいけない」と思い込んまれている「ご飯文化」は分が悪い。やりようでなんとでもなるはずなんだけど、その前の世代から「ご飯とおかずかくあるべき」って言われて育ってきちゃったからね。ご飯文化はめんどくさいと思っちゃう。
このタイミングで「パン食推進」が進められているし、この時代のお父さんお母さんは「パン給食」で育ってきているわけ。
こういうのが組み合わさると、とても自然な流れで「パン食」「洋食」にスライドしていくんだよね。

今日も読んでくれてありがとうございます。ひとつの原因だけで食文化が変化しきったわけじゃないんだよね。いろんなことが絡んでくる。こういう変容は社会のニーズに後押しされてグイグイと起こるんだろうね。そういえばこの社会ニュースに合わせて、新技術が生まれたのも大きな要因になったんだよね。それは次回。

  • この記事を書いた人

武藤太郎

掛茶料理むとう2代目 ・代表取締役・会席料理人 資格:日本料理、専門調理師・調理技能士・ ふぐ処理者・調理師 食文化キュレーター・武藤家長男

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