「8,000円のコースは、何品くらい出るの?」
「7~10品くらいだよ。」
「じゃあ、10,000円のコースだと2品くらい増えるってこと?」
「いや、7~10品くらい。」
「え?じゃあ、一皿に乗ってる種類が増えるとか、量が増えるとか?」
「多少はそういったこともあるんだけどね、基本的には大きく変わらないよ。」
以前、友人と食事(お酒付き)をしていた時の会話です。
「どういうこと?」
「一回、量が変わるって言う発想から離れようよ。大盛り100円増しみたいなの。」
「え?違うの?」
「例えばなんだけど。君が来てきたコートさ。これいくらだった?」
「え~と、15,000円くらいだったかなぁ。」
「うん。じゃあ15,000円ということにしよう。これLサイズだね。じゃあSサイズは12,000円くらいで売ってるよね?」
「そんなわけ無いじゃん」
「でしょ?じゃあさ、全く同じメーカーで同じ人が作った子供サイズのコートがあるとしたら、それはいくらだろうね。」
「子供服見たこと無いからわかんないや」
「まぁ、15,000円ってところだろうよ。」
「そんなにするの?」
「さあ?知らない(笑)。でも生地の量が減ったからって、それを作るのにかかる人数や手数、それに必要な技術は変わらないもの。なんなら小さい分だけ大変なんじゃない?」
「そう言われればそうか。」
「モノの価値ってさ、量とかカサだけで決まるもんじゃないでしょうよ。むしろ価格に関して言えば、原材料の量が与える影響は小さいほうだと思うけどな。」
「なるほどね~。そりゃ当然の話だわ。」
先程から、カウンターの向こう側で店主がニヤリと笑いながらこちらを眺めている。
料理人としては、やっぱり気になる話題なんだろう。
「じゃあさ、8,000円のコースと10,000円のコース。何品違うと思う?」
「さっきの話につながるのか。同じくらいってことだろ。」
「一人の人間が食べられる量って、だいたい上限があるじゃない?だからさ、同じ人に出すならどっちのコースだとしても、自然と品数が同じくらいになっちゃうんだよ。だから、量で金額を決めてるわけじゃないんだ。だいたい量だけで価格設定してたら、20,000円のコースだと2人前は出さなきゃいけなくなるじゃん。そんなの提供してる店はまともじゃないって(笑)。」
「そりゃ見たこと無いわ(笑)。・・・て、ことは何が違うの?おれ料理しないから想像が出来ないや。」
「質だよね。やっぱり。」
「質ね~。そもそも料理の質ってなに。食材?」
「いろいろあるよ。食材もそうだし、その料理にかかる手数もあるし。料理以外にも器だったり、部屋の設えだったり、ってのも多少は関係してくるよね。」
「食材っていうと、マグロの刺し身をやめてふぐにするとか?和牛のいいトコ使うとか?」
「単純化していえばそういうこと。でもそれだけじゃないよ。マグロの部位によって違う味わいがあるから、それを堪能できるように仕立てるってこともあるし。基本的に魚って寝かせて熟成させるんだけど、その美味しいタイミングって限られてるのね。それを逆算して合わせるっていう質の向上もあるんだ。」
「へぇ~。魚って寝かせるんだね。」
「モノによるけどね。そのタイミングを逃しちゃった残りは、例えば刺し身にはならなくなっちゃうからその分のコストがかかってきちゃうよ。これは人数が多いときならロスを減らせるけど。」
「そりゃもったいない話だ。」
「もちろん、そういうことがお客様のコストに跳ね返らないように、食材を選ぶところから献立を考えていくんだけどさ。そこには俺たち職人の時間的コストがかかるよね、人件費。場合によっては、市場だけじゃなくて自分で港まで見に行かなきゃならないこともあるし、山菜を採りに山に行くことだってあるもの。もちろん、それに見合った味じゃないと困るけどさ。」
「なんだなんだ~。普段一緒に飲んでるだけだと全然気づかないけど、しっかり職人やってるね~。」
「あのね。これで飯食ってんだから。そりゃやるよ。」
「手間かかるんだなぁ」
「さっきの洋服の話じゃないけどさ。大抵のものは原材料費より、関わる人の手数だとか特殊技術だとかさ、そういうのにかかってるんじゃない?特にテーラーメイドのスーツみたいに専用に一着仕立てるなら、そのコストが大きくなるだろうし。」
「あ~それはわかる!うちもモノづくりの仕事だからさ。あんまり原価原価って言われると、ちょっとがっかりする。」
「そうそれよ。原価率何%が気になる人は、本なんか買っちゃダメだと思うよ。だって、あれなんか紙と糊だよ?そこじゃなくて、書いてあるコンテンツにこそ価値があるから本が売れるんでしょ。ってね。」
「や、ホントそうだよ。あとは、そうやって出来たものに対して買う人が価値を感じるかどうかが価格になる。ってことでしょ?その価値を生み出すために、お前みたいな職人が技術を磨いて勉強してってことよ。」
「良いこと言ってくれるね~。乾杯!」
「その乾杯まぜてもらえるかい?おれも他人事じゃない話さ。この一杯は店のおごりだ」
と、先程まで黙ってうなずいていた店主が言った。
「ごちそうさまでーす!もっと褒めるか?」
カンパーイ!