料理を作るにはいろんな道具を使います。
代表的なところは包丁や鍋、まな板やオタマですかね。他にもコンロやボウルや電子レンジなんてのもあるし、プロの厨房は専門機器が並んでいます。そんなたくさんある道具のなかでも包丁って、なんだかちょっと異色の存在だなあって思うんですよね。
日本料理の世界では、包丁については「武士の魂」のように「料理人の魂」とか言います。なんででしょうね。
包丁仕事といって、切り分ける・剥くといったことをとても大切なこととして考える文化があるのですが、西洋料理でのそういった仕事は、あくまでも下ごしらえの一部という扱いだと聞きました。
日本料理には刺し身をはじめとした「切るだけ」の料理があるからだとも言われていますが、ホントのところはわからない。ただ、僕はどこか武士道のような精神性を重んじているような気もしているんです。
きれいに研ぎ上げた包丁をを扱うときは、凛とした雰囲気になります。そういうところが「武士の刀」似ているのかもしれないなあ。でもね。
あちらは、人の命を奪う道具で、こちらは人の命を紡ぐ道具だっていうところは大きな違いです。
そうか、命につながる道具だからという見方をすれば、料理人の魂と呼ぶ精神性もわかるような気がします。
ところで、包丁は研がなきゃいけないんですよね。砥石を使ってシュッシュッってやるあれです。
その砥石は、「人の命を紡ぐ道具を整える道具」です。
砥石って、真っ平らになっていないと、包丁を研いだときに包丁が歪んでしまうんですよ。使っていると砥石も平らじゃなくなってくるので、また面直しという道具をつかって砥石をこすります。
だから、面直しは「人の命を紡ぐ道具を整える道具を整える道具」です。
なんだか、こうやって書いていくと、砥石も面直しも間接的に人の命を支えている感じがでてきますね。
僕らの仕事も、使っているちっちゃな道具も、みんな人の命を紡いでいるんです。なんて大げさなことを思ってみると、背筋がピンと伸びる思いです。
本日も一日よろしくお願いします。こうやって道具は使ってるんじゃなくて、使わせてもらってるんだね。