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今日のエッセイ 第33回東海道シンポジウムin掛川宿日坂宿大会 振り返り①

「第33回東海道シンポジウムin掛川宿日坂宿大会」が、10月16日に無事開催されました。残念ながら、各地からみんなが集まるということにはならなかったけど、初めてのオンライン開催でした。なかなかおもしろかったですよ。

このシンポジウム。過去大会の事例を紐解くと、開催主体がいろいろでかなり興味深い。NPO法人東海道宿駅会議という団体が行う大会なのだけれど、大会の主催がその年ごとにバラバラなのだ。NPOのメンバーが現場の企画運営をすることもあれば、当該地域の市役所になることもあるし、観光協会になることもある。だから、司会者のセリフが色々変わる。例えば市長の挨拶を進める時「市長よりご挨拶申し上げます」なのか「ご挨拶いただきます」なのか。

今回の場合は、どちらも「申し上げます」とした。なんというか、みんなで一緒に作った感じになったからだ。終わってから聞いたのだけれど、こんな組織で開催したケースは珍しいみたいなんだよね。そう、運営を主体する組織が存在しない。正確には既存組織が主体となって開催したものではない。かな。いろんな個人が寄り集まって、なんとか形にしちゃった感じ。仮に名前をつけるなら実行委員会を組織したってことになるんだろうけれど、みんなそんな組織に所属しているような実感は無いんじゃないかなあ。

ぼくが中心の取りまとめ役にはなったんだけど、いろんな人に「お願いしまくって」集まってもらったんだ。直接知っている人に手伝ってとお願いして、その人達がまた別の人たちを巻き込んでいって、そのたびに手伝ってくださいってお願いして。市役所にも行ったし、観光協会にも行った。
市役所は、ぼくとは別のルートから市長に対して依頼が通っていたから、現場での調整を行なった感じかな。ここは、ちょっとややこしかった。割愛するけれど、別の機会に書きし記すね。いや、備忘録のためにさ。
観光協会については、僕と友人が二人揃って理事をやっているから、理事会への提案の形をとった。観光事業にもつながる内容だったからさ。市役所と観光協会という組織からは、人材と予算の提供をしてもらうことになったんだよ。

あとは、もう全部現場。日坂宿のまちづくり協議会や川坂屋の会(史跡保存会)の皆様には、ただただ、当日のガイド役を担ってもらい、その台本づくりから中継のリポーターまで。松が丘という史跡に関しても、保存会の方や、友人たちが一所懸命に準備を整えてくれた。掛川城についても同様。
気がついたら、ぼくの友人の一人が地元の高校生を巻き込んでいて、そのうちに中学校の校長先生からも混ぜて欲しいって依頼までもらって。なんだか大所帯になっていったんだよね。

なんだか面白かったのは、事業のまとめ役がいるようないないような感じだったことかな。タイムテーブルとか企画の根幹の部分は友人が取りまとめをしてくれていたし、精神的な部分はぼくだったのかもしれない。だけど、みんなそれぞれがやりたいことややるべきことを把握していて、自由に構築していったんだよね。あとは、その整合性をとることくらいだったかな。
面白いよね。企業や軍隊やいろんな組織があるけれど、それぞれの得意なところ、やりたいところを表現していったら事業ができるって、珍しいかもしれない。関わってくれた皆さんに感謝ですよ。ホントに。

今日も読んでくれてありがとうございます。友人って、同世代ばっかりじゃないんだ。20代から80代まで幅広くてね。それがまた楽しかったし、嬉しかったんだ。ということで、明日も続きを書きますね。

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武藤太郎

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